もっと高く
山に入った日、ジィのジョギングコースを走るゆっちゅの姿は印象的だった。
傾斜角30度ほどののぼり坂に向かって、手と足を交互に構え腰を落として、ジィを振り返り「よーい」の号令がかかった。
すかさず「ドン」と言って駆けだすゆっちゅの後ろからついて行きながら、彼の足取りを見ると、自分の身体を支える後ろ足が力強く坂道をとらえていた。
10歩前後行くと立ちどまり、また「よーい」「ドン」がなされる。
それを幾度か繰り返し、尾根のトップに立つ。
そこからは高速道路が見下ろせるし、青い鉄橋も見通すことができる。
しかし、ゆっちゅの目の高さにあるガードレールが邪魔をして見通すことができない。
ところが、ゆっちゅはガードレールの上端につかまって爪先立ちしパースペクティブ(見通し)を獲得した。
つま先立ちするゆっちゅの足から生命の息吹が立ち上っているかのように見えた。
そこでひとしきり遊んだあとで、下り坂疾走に入り、下りきったところでゆっちゅの逡巡がはじまった。
また、たった今下り降りてきた坂を登り返すというのだ。
そのときすでに、ジィにはピーンとくるものがあった。
坂の頂で遊んでいたときに、ゆっちゅは石段に気づいていたに違いない。
その石段は崩落防止のためにコンクリートで固められた急斜面についていた。
それは下から見上げると中空へと導くように架かっていた。
石段の下まで戻ってくると、ゆっちゅは無意識が誘う声にしたがってさらなる高みへと一歩を踏み出した。