パトカーに乗る

その日はゆっちゅのさんぽコースのひとつで、隣町にある高校の校内マラソン大会が行われていた。

そのための交通整理にパトカーが一台来ていた。

近くで見ようと「パコカー パコカー」と勇んでやってきたゆっちゅは赤い警告ランプが動き回るのを興奮して見ていた。

しばらくすると興奮は収まり、今度はジィのマネをして走る生徒たちに声援を送っていた。

女子の部が終わり、男子の部の出走までは、30分以上間があったので、さんぽの続きをしようとしたら、おまわりさんが声をかけてきた。「ぼく パトカー 見せてあげるから おいで」といって誘ってくれた。

おまわりさんは運転席のドアの鍵を開けてドアをひらいた。

乗っていいよと言ってくれたので、「ゆっちゅ 乗ってみる」と聞いたが、うんともすんとも言わない。

ゆっちゅの脇をかかえて運転席に座らせようとしたら、嫌がりもせずされるがままになっていた。

ゆっちゅはなにも言わず神妙にしていたが、降りるというので下ろした。

また、おまわりさんが「ハンドル触ってもいいよ」とハンドルを動かしながら言うので、それを見ていたゆっちゅをかかえてもう一度運転席に座らせて、先ずジィがハンドルを動かして見せて「ゆっちゅもやってごらん」と言うと、ゆっちゅは自分からハンドルを握った。

その間、ゆっちゅは終始無言で神妙な顔をしていた。

ゆっちゅがパトカーを降りた後、おまわりさんが今度は警棒と盾を、実際の使い方を実技しながら見せてくれた。

それも無言で神妙な面持ちで見ていた。

他にもいろいろと、おまわりさんがゆっちゅの気を引こうとしてくれるのだが、ゆっちゅは興味があるのかないのかはっきりしない様子だった。

そのうち興味が失せたのか背を向けてさんぽの続きをしはじめた。

やがて男子生徒たちが続々と走って来ると、「がんばれー」と声援を送ったり、並走したりして追いかけて行った。

 

パトカーに乗った経験は、実はゆっちゅに相当強い印象を与えたことが後でわかった。

そのときは関心のあるものに対して余りに意識を集中しすぎたために、感情は抑制されてしまっていたようだ。

家に帰ってママに「パコカーにのった」と言っていたと聞いたし、支援センターでもパトカーのおもちゃを手に持って思い出したり、町でパトカーを見かけたりしたときにも「パコカーにのった」と言っていたらしい。