会話をする

ばあばと三人で散歩するようになってから、ゆっちゅはばあばとよくおしゃべりをする。

目に入ってきたものや自分がすることなどや思いついたことなどを、次から次へと矢継ぎ早に言葉を繰り出してくる。

「お花きれいだね」

「ゆっけ走るよ」

因みに、「ゆっけ」とは自分をさすときに使う言葉で、またジィには一緒に走るよという意味で「ヨーイドンするよ」と言って誘いかけてくる。

「川がどんどん流れているね」

河川敷に着いてひとしきりサッカーボールを蹴ったあとボールを抱えて、厭わしく感じられるようになった太陽の光を浴びて階段に座っているばあばの側に行って並んで座りおしゃべりをはじめた。

それをジィは遠くから眺めていた。

ばあばはゆっちゅとジィのサイクリングの準備のためにいつも一足先に家に戻る。

ゆっちゅは河川敷の水道で水遊びに興じたあとまもなく正午を知らせる音楽が流れると、おとなしく抱っこされて家路に着いた。

近ごろでは正午の時報を聞くと、ジィの家に行ってりんごジュースをもらって飲みながらサイクリングに行くのが慣例となった。

コースはほぼ一定している。

最初に目指すのは青い鉄橋だ。

「青い鉄橋だ、電車来るかな?」とジィ。

すると、ゆっちゅも「青い鉄橋、電車来るかなぁ」と復唱する。

電車がやってきたときは、止まって見送る。

赤い電車来たね」と言うと「赤い電車来たねぇ」とゆっちゅ。

チーンチーンとベルを鳴らして「ぴゅーぴゅー」と唱えながら加速して鉄橋の下をくぐり抜ける。

やがてそこに差し掛かるたびと、ゆっちゅは率先して「ぴゅーぴゅー」と言うようになった。

土手道を前方から白い車がこちらに向かって走ってくる。

「前方から白い車がやってきます」とジィが言うと、ゆっちゅも復唱する。

すれ違うときに、車のナンバープレートのひらがなをも読むのも恒例となり、ゆっちゅは面白がってやるようになった。

「後方からカーカーの音が聞こえます」「今追い越して行きました」「シルバーのカーカーです」「シルバーは銀のことだよ」「ゆっちゅの好きな銀ガンガンの銀だよ」

ゆっちゅは耳がいいので、後方から近づくものを音で察知するよう学習させようというジィの魂胆である。

「銀ガンガン」というのは、ゆっちゅの好きな電車にゆっちゅがつけた名前で、銀色を基調としている。

鉄橋には風速計が設置されていることを、サイクリングでそばに来るとゆっちゅが「クルクル」と言うので、それでジィも認識するようになった。

また、別の場所に風向きと強さを測るものがあって、「あれは風速計と言って風の強さと風が吹いてくる方向を測るものなんだ、今はちょっと強めで南東の風だな」と言うと、ゆっちゅは「フウソクケー」と言う。

次の日、同じところへ来て風速計を見て「ナントウのかぜ」と言うので見てみると、確かに昨日とほぼ同じ方角を指していた。

ゆっちゅは、景色ばかりではなく、自分が乗っている自転車にも興味を持っている。

自転車に乗っかってベルやハンドルやブレーキやカゴの名前を、かならず一度は尋ねてくる。

因みにカゴは、飲み終わったりんごジュースの紙パックを投げ入れさせたことで存在を認知したようだ。

子供用の座席にもつかまるところがあって、「これ」と何度も聞いてくるので「それは、ゆっちゅのハンドル」と教えていたら、本体の方のハンドルを握って「ジィジの」と言うようになった。

ブレーキやギアチェンジのレバー、そこから出ているワイヤーを指さしては「これなぁに」、

自分が座っている座席についた安全ベルトのベルトやバックル、自転車にゆっちゅ用の座席を固定するネジなど形状の異なるさまざまな部分を見つけては「これなぁに」と聞いてくるのに対して、「それは、ブレーキのワイヤー。それは、ギアチェンジのレバーのワイヤー。それは、ゆっちゅを護る安全ベルト。それは、ベルトをつけたり外したりするためのバックル。そこはハンドルの一部。そこは座席の一部」ととりあえず、答えてゆくジィ。

アパートに到着すると、「ヘルメットをとって、ベルトを外して」と、いつもジィが唱えながらゆっちゅにしてやっていることを、自分で言ってやってもらったりする。

自転車から降りると、ペダルを踏むまねをして「ジィジやる」と言ってジィに踏ませ後輪が回り始めると、ブレーキを指示してジィにブレーキをかけさせ車輪が止まるのを確かめてから家に入る。

家に入るや否や、振り返りもせずバイバイも言わず去って行くゆっちゅ。