ユッケへおくる言葉⑦

このところユッケは自分の耳からさまざまな音声が聞こえてくることに自覚的だ。「耳に聞こえる」という言葉をよく使う。

電車や自動車、ヘリコプターや飛行機、救急車やパトカーなどの音は直接的に感受しているという感じなのだが、それとは明らかに違う。

近ごろ、ユッケの耳は正体がはっきりしない物音に敏感に反応する。

あるとき夜道を歩いていて、ユッケの足下にアブラゼミが飛び込んできた。

わたしはそれを手に取ってユッケに差し出した。蝉の背と腹をおさえていたので、蝉は羽を激しくバタつかせていた。

ユッケは恐れを抱いたようだ。それ以来、夜その道を通ることを忌避するようになった。

そんなことがあってから、夜道を歩いているとユッケは蝉の声が聞こえると言って「セミどこにいる」としつこく問いかけてくる。わたしの耳には聞こえないのだが、わたしが聞き逃すような微弱な音までもユッケは聞き取っているようだ。