ユズとハル

小学三年の姉「ユズ」と一年の弟「ハル」という、ゆっちゅと同じアパート群の別棟に住む姉弟と遊ぶ機会があった。

高台の中腹に建つアパート群の土盛りのためのコンクリートの壁や金網のフェンス、駐輪場の屋根、各家庭で使うガスを一括管理している大きなガスタンク、周りは金網で封鎖されているが隣接する駐輪場の屋根からは飛び移れる、上には子どもが二、三人立てる大きさだ。

それがユズとハルの遊び場だ。

ある日、二人は3mはあるコンクリートの壁を駆け上がりその上に設置されたフェンスにつかまり難なくそれを跨ぎ越して、ゆっちゅの家のベランダの前に現れた。

たまたまその日ベランダで洗濯物を干していたママが、ユズとハルの二人と言葉を交わしているところに、ゆっちゅが顔を出した。

ユズとハルに「いっしょに遊ぼう」と誘われて、家の中で遊ぼうとする傾向が強かったゆっちゅが、外に行くと言い出した。

ゆっちゅの家のベランダの下は、傾斜になっていて長く伸びた芝が枯れて滑りやすくなっている。

ユズとハルはいつもしていることなのだろう、そこでスライディングしたり体を投げ出して、滑りを楽しんだ。

二人の激しい動きに圧倒されたゆっちゅは、はじめ距離を置いていつもの自分なりの遊びをしていたが、少しずつマネをするようにひとりで尻をついて土の部分で滑ったりしはじめた。

それを見たユズとハルは、「こっちの方が滑るよ一緒にやる」と言葉をかけてきた。

気のおけない身近な人間は別として、ようやく知らない人に対しても警戒心がゆるみだしてはきたものの、やはり初めて言葉を交わす相手には緊張するゆっちゅなのだが、それはそれ子ども同士の連帯感なのかすぐに馴染んで、ユズとハルに代わる代わる抱っこされて草すべりをした。

そうしている間に、草に引っかかってゆっちゅがユズのひざにあごを打ち付けて泣いてしまった。

それがきっかけとなって、ユズとハルは再び自分たち本来の遊びとへ向かっていった。

二人は高さが3m近くなるフェンスの上に立ち、1mほど離れた駐輪場の屋根に飛び移り、そこからまた1mほど先のガスタンクの上へと、ムササビのように飛び渡るかと思えば、2mほどの高さから飛び降りたりと、まさにトム・クルーズジャッキー・チェン張りのアクロバティックな動きをしはじめた。

かつてのジィ自身もユズやハルの年頃にはかくやと思い出しつつも、ハラハラして見守っていたが、ゆっちゅも感化されたのか、何度もフェンスの上から下を覗きこもうと、抱っこをせがんできた。

そのうち、姉が草むらにカナヘビを見つけると、姉弟は先を争ってカナヘビを捕まえようと這いずりまわって追い回し、爬虫類が大好きだという姉が捕まえ、弟は悔しがった。

因みに弟の方はサソリが大好きだと言う。

捕まえたカナヘビをゆっちゅにも見せてくれたが、関心を示さなかった。

「少し遊んだら逃がしてあげなよ」と言うと、「分かってる」「放してやらないと、また捕まえて遊べなくなるから」という答えが返ってきた。

どうも同じカナヘビを捕まえて遊んでいるようだ。

思いがけない、春休みの前倒しに、去勢されかけた野生の馬が原野に放たれたのを見る思いがした。

教育されて文明化される前夜のチビッコ・ギャングの心意気に、ジィはなぜか妙に感動を覚えた。

新型コロナウィルスの余波のお陰で、自然に近い子どもたちの生のエネルギーに感染し、ジィも子供の頃にタイムスリップして懐かしい思いに浸ることができた。

それはさておき、日ごろジィのすることを素早く真似るようになったゆっちゅの目に、ユズとハルが見せた野生味あふれるパフォーマンスがどう映ったのかが気がかりだ。