イルカショーとエンジンジン

ゆっちゅの遊びの中で儀式になっているものがある。

全長1メートル足らずの青いイルカの形をしたビニール製の空気を入れてプールで浮かせて遊ぶ遊具があって、それを使ってやる遊びである。

そのイルカの遊具は一年ほど前にママと叔母と三人で水族館に行った折に買ってもらったものだ。

それを使ってイルカショーを見ていたときにイルカが立てる水しぶきを浴びて大はしゃぎをした体験を再現する遊びを、ゆっちゅはよくやる。

トレーナーをまねてイルカにまたがって尻を2、3度打ち付けてから顔にかかった水しぶきをを手でぬぐって立ち上がると、観客である家族に向かって破顔して歓声に応える。そして傍に用意しておいた20センチ余りの白いイルカのぬいぐるみを踏みつけてチュッチュッと2、3度鳴かせて家族の歓声を浴びながら走りまわるというものである。

一年にわたって事あるごとに家族の前で披露してきた、ゆっちゅにとって言わば儀式のようなものである。

 

先日大好きなカンナちゃんとジィの家で遊んだ折にも、それをやってウケを取ろうとした。

ところが、カンナちゃんがその青いイルカを気に入って離そうとしない。

ゆっちゅも得意のパーフォーマンスを披露するのに青いイルカが欠かせないので、なんとか取り戻そうとするのだが、「カンナはこっちがいいの、ユウくんは白いのがあるでしょ」とカンナちゃんは取り合ってくれない。

埒が明かないとみたゆっちゅは「エンジンジン」をしはじめた。

これはパパの実家に行った際に覚えた遊びで、物や人の周りを「エンジンジン エンジンジン」と唱えながらリズムカルに走り回るのである。

これが同じくらいの子どもには意外とウケがよく、ゆっちゅがやりだすと呪文のような独特のリズムが生まれ、それに他の子も感化されて後にくっついてはしりまわる。

「エンジンジン」が好きなカンナちゃんはもちろんその誘いにのってきたのだが、青いイルカはしっかりと布団をかけて隠してから、ゆっちゅの後を追いかけた。

足の速いカンナちゃんはすぐにゆっちゅに追いつき煽り立ててくるので、その度にゆっちゅは悲鳴を上げて「抱っこ」と叫んでママの懐に飛び込んでゆく。

ゆっちゅにはパフォーマーのセンスがあるみたいだ。

 

 

 

雨の音がする

その日は雨が降ったり止んだりする天気だった。

フードのついた青いポンチョの雨がっぱを着てゆっちゅは初めてと言っていい雨の中の散歩に出かけた。

家を出たときは一時的に雨は降ってなかったが道路のあちこちに水たまりができていた。

ゆっちゅはうれしそうにそのうちの一つに目をつけると、そうっと近づいて行った。

まるで自分が近づいてゆくのを水たまりに気づかれると水たまりが消え去ってしまうのを恐れてもいるように。

でも本当のところは、水たまりに入ろうとするといつも「入っちゃダメ」と注意されるので、どこまで踏み込んだらその注意の言葉が飛んでくるのかと探っているのだ。

いつもなら注意の言葉が発せられ、それを合図に水を踏みつけて水しぶきを立てようとゆっちゅが目論んでいるのをジィは承知していた。

でも今日はゆっちゅが長ぐつをはいてきているので、ジィは黙認することにした。

ゆっちゅはいつもとは違う長ぐつで水を踏む感触を味わった。

止んでいた雨がふたたび降りだしたのを見てばあばはゆっちゅの傘を取りにアパートに引き返した。

ばあばが戻ってくる間もゆっちゅは次から次へと水たまりを踏みつけて歩いた。

ばあばがお気に入りの新幹線の絵がプリントさせた青い傘を持ってきたので、ゆっちゅは大喜びで傘をさして雨の中を歩いた。

並んで歩いていたばあばが、フードや傘にあたる雨音に気づいたゆっちゅが「音がするねェ たのしぃ  たのしぃ」と言うのを聞いた。

雨が降っている間、ゆっちゅは水たまりをふみ鳴らし、傘にあたる雨音を聞いて「音がするねェ たのしぃ  たのしぃ」を連発した。

やがて雨が上がって閉じられた傘を引きずりながら家に帰るゆっちゅの後ろ姿は寂しそうであった。

会話をする

ばあばと三人で散歩するようになってから、ゆっちゅはばあばとよくおしゃべりをする。

目に入ってきたものや自分がすることなどや思いついたことなどを、次から次へと矢継ぎ早に言葉を繰り出してくる。

「お花きれいだね」

「ゆっけ走るよ」

因みに、「ゆっけ」とは自分をさすときに使う言葉で、またジィには一緒に走るよという意味で「ヨーイドンするよ」と言って誘いかけてくる。

「川がどんどん流れているね」

河川敷に着いてひとしきりサッカーボールを蹴ったあとボールを抱えて、厭わしく感じられるようになった太陽の光を浴びて階段に座っているばあばの側に行って並んで座りおしゃべりをはじめた。

それをジィは遠くから眺めていた。

ばあばはゆっちゅとジィのサイクリングの準備のためにいつも一足先に家に戻る。

ゆっちゅは河川敷の水道で水遊びに興じたあとまもなく正午を知らせる音楽が流れると、おとなしく抱っこされて家路に着いた。

近ごろでは正午の時報を聞くと、ジィの家に行ってりんごジュースをもらって飲みながらサイクリングに行くのが慣例となった。

コースはほぼ一定している。

最初に目指すのは青い鉄橋だ。

「青い鉄橋だ、電車来るかな?」とジィ。

すると、ゆっちゅも「青い鉄橋、電車来るかなぁ」と復唱する。

電車がやってきたときは、止まって見送る。

赤い電車来たね」と言うと「赤い電車来たねぇ」とゆっちゅ。

チーンチーンとベルを鳴らして「ぴゅーぴゅー」と唱えながら加速して鉄橋の下をくぐり抜ける。

やがてそこに差し掛かるたびと、ゆっちゅは率先して「ぴゅーぴゅー」と言うようになった。

土手道を前方から白い車がこちらに向かって走ってくる。

「前方から白い車がやってきます」とジィが言うと、ゆっちゅも復唱する。

すれ違うときに、車のナンバープレートのひらがなをも読むのも恒例となり、ゆっちゅは面白がってやるようになった。

「後方からカーカーの音が聞こえます」「今追い越して行きました」「シルバーのカーカーです」「シルバーは銀のことだよ」「ゆっちゅの好きな銀ガンガンの銀だよ」

ゆっちゅは耳がいいので、後方から近づくものを音で察知するよう学習させようというジィの魂胆である。

「銀ガンガン」というのは、ゆっちゅの好きな電車にゆっちゅがつけた名前で、銀色を基調としている。

鉄橋には風速計が設置されていることを、サイクリングでそばに来るとゆっちゅが「クルクル」と言うので、それでジィも認識するようになった。

また、別の場所に風向きと強さを測るものがあって、「あれは風速計と言って風の強さと風が吹いてくる方向を測るものなんだ、今はちょっと強めで南東の風だな」と言うと、ゆっちゅは「フウソクケー」と言う。

次の日、同じところへ来て風速計を見て「ナントウのかぜ」と言うので見てみると、確かに昨日とほぼ同じ方角を指していた。

ゆっちゅは、景色ばかりではなく、自分が乗っている自転車にも興味を持っている。

自転車に乗っかってベルやハンドルやブレーキやカゴの名前を、かならず一度は尋ねてくる。

因みにカゴは、飲み終わったりんごジュースの紙パックを投げ入れさせたことで存在を認知したようだ。

子供用の座席にもつかまるところがあって、「これ」と何度も聞いてくるので「それは、ゆっちゅのハンドル」と教えていたら、本体の方のハンドルを握って「ジィジの」と言うようになった。

ブレーキやギアチェンジのレバー、そこから出ているワイヤーを指さしては「これなぁに」、

自分が座っている座席についた安全ベルトのベルトやバックル、自転車にゆっちゅ用の座席を固定するネジなど形状の異なるさまざまな部分を見つけては「これなぁに」と聞いてくるのに対して、「それは、ブレーキのワイヤー。それは、ギアチェンジのレバーのワイヤー。それは、ゆっちゅを護る安全ベルト。それは、ベルトをつけたり外したりするためのバックル。そこはハンドルの一部。そこは座席の一部」ととりあえず、答えてゆくジィ。

アパートに到着すると、「ヘルメットをとって、ベルトを外して」と、いつもジィが唱えながらゆっちゅにしてやっていることを、自分で言ってやってもらったりする。

自転車から降りると、ペダルを踏むまねをして「ジィジやる」と言ってジィに踏ませ後輪が回り始めると、ブレーキを指示してジィにブレーキをかけさせ車輪が止まるのを確かめてから家に入る。

家に入るや否や、振り返りもせずバイバイも言わず去って行くゆっちゅ。

 

 

大っきな声だすよ

その日は、雨が降って来そうでなかなか降り出さない寒い日だった。

河川敷グラウンドで、サッカーボールを蹴るのは、ゆっちゅの他には6〜7人の小学生の男女の集団だけだった。

その集団をゆっちゅが意識し始めたのはどの時点であったろうか。

最初はかなり離れたところで露を含んだ短く刈りそろえられた草の上でボールを転がしていた。

関心が他に向かったのか、立ち止まってボールに片足を乗せたままで、そのことを忘れていたようだ。

動こうとしてボールに乗せた足に重心をかけた瞬間、足を取られて地べたに腰から落ち尻もちをついてしまった。

予期せぬ事態に驚いたゆっちゅは激しく泣いて、しばらく泣き止まなかった。

足でも捻ったかとジィは不安にかられた。

抱っこして泣き止むのを待った。

しばらくして落ち着きを見せたゆっちゅだが、ボールを蹴る気はなさそうだったので、そのままジィの家に向かって歩き出した。

しだいにサッカーをする少年少女の一団に近づいていった。

気を取り直したゆっちゅは、抱っこからおりてボールを蹴りはじめた。

どうやら足は何でもなさそうで安心した。

ゆっちゅは、その一団を遠巻きに眺めながら何とはなしにボールをもてあそび行ったり来たりした。

そのうちに突然、ゆっちゅは体内から魂を搾り出すようにして「おおきな声」をあげた。

そして叫び終わってから「大っきな声だすよ」と緊張した声で言った、正しくは「おっきな声だしたよ」と言うべきところだが。

ゆっちゅは、怒って睨みつけるような必死な形相をしていた。

サッカーをしていた子供たちの何人かが、気がついてこっちを振り返った。

そして、ゆっちゅはまたボールを蹴り出した。

ところがまた立ち止まると、大声を張り上げてから再び「大っきな声だすよ」と怒ったような顔をして言った。

その真剣な眼差しはジィを射抜くように鋭かった。

ゆっちゅは自分で意図的に大きな声を出しその声を聴いて驚愕しているふうだった。

その後も同様にして二度「雄叫び」をあげ、自分の意志を確認しているふうだった。

 

 

大きな声で

ゆっちゅは、人を遠ざけるとき「ジィジ あっち行くよぉ〜」「ばあば あっち行くよぉ〜」と言う。

関心があるものに集中したいときに、邪魔をされると「○○あっち行くよぉ〜」と言うようになった。

これは、ゆっちゅに自己中心的な意識が生まれてきた証しのように思われる。

また、散歩をしていて雨上がりにできた水たまりを見つけると、ゆっちゅは近づいて行って入ろうとする。

それが分かるので、先手を打って「入っちゃダメだよ」と何度も注意をする。

初めは、入っちゃいけないと思っているのか、水たまりの手前まで行って踏みとどまったり、迂回したりするのだが、すぐに誘惑に抗し切れなくなって「まゝよ」とばかりに声をあげ、笑いながら突進して行く。

バシャバシャと足を踏みならして水しぶきを立てて大騒ぎする。

その日は、そのあと河川敷グラウンドへ行った。

そこには水飲み場がある。

垂直方向に吹き出す蛇口があり、ゆっちゅがどうしても水を出してほしいと意地を張って「お願いします」が出たので、少し出してやった。

それを上から押さえつけて水しぶきを上げる。

水が服にかかるのを注意されると、面白がって一層大はしゃぎをしてやる。

「もうお仕舞い」と言って止める。

止めると、「もう一回」と言ってわがままを言う。

それでも水を出さないでいると「お願いします」が出る。

そんなふうに水を止めたり、出したりを繰り返す。

「服が濡れちゃったからもう終わりだよ」と言って、蛇口を閉めたら、ゆっちゅが大きな声を張り上げた。

自分の思い通りにして欲しいと言葉にしたのだろう、出すとか何とか言ったのだろうが聞き取れなかった。

そして叫んだあとで「大きな声で」と言った。

自分は大きな声を出したよ、と言ったつもりなのだろう。

ゆっちゅは大きな声を出す自分を感じていたようだった。

 

この言葉は初め、フロから上がるときに、ジィが使ったものだった。

ゆっちゅに、フロから上がるとき「あがるよ」と言ってママを呼ぶことを教えようとした。

初めは声が弱々しくママまで声が届かなかった。

そのたびに、「もっと大きな声で言ってごらん」とアドバイスしていた。

たまに大きな声が出せたときは、自分自身で感動して目を輝かして、「おっきな声」と言うようになっていた。

「おっきな声」は、ゆっちゅにとって自分はこうしたいという意志の発露とつながっているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

五月のバラ

ゆっちゅの下半身に安定感が見られるようになり、巧みな足技を身につけ始めた。

ひとりで両足ジャンプをしたり、両手を吊り上げてもらってジャンプしたり、両手をつかんでもらった状態で後ろにそっくり返ってジィの股の間から後方を逆さに見るなど、自分の身体をどのくらい自由に動かすことができるのかを確かめながら身体の可動領域を広めようとしている感じだ。

 

サッカーボールでは、小刻みにボールを蹴りドリブルらしいことをするようになった。

そして、ときどきボールを蹴るときにボールを見ずにわざと横や後方に顔を向けて蹴る。

どこにボールがあるのか自分にはわかっているんだというようなポーズを見せる。

近ごろ香川真司のビデオを好んで見ているという話を聞いてからは、ゆっちゅのボールを扱う仕草がなんとなく香川選手に似ているようにも思う。

ゆっちゅのコピー能力は大したものだと感心する。

 

ゆっちゅの走り方を見ていると、膝の位置が上がってきて本格的なものに近づいてきた。

下り坂では両足が宙に浮いている状態、すなわち走っている状態を取ることができるようになった。

また、上り坂では、後ろ向きで歩いて上がりながら、それができることが誇らしいのか得意げに笑いかけてくる。

 

ゆっちゅの身体操作の自在性が増すに応じてゆっちゅは言語活動も活発になり、そして顔にはゆっちゅ固有の感受性豊かな表情が現れてきた。

五月のバラの蕾がほころぶように、ゆっちゅの個性がその姿を見せはじめた。

お願いします

ゆっちゅの最後の切り札が、「おねがいします」というセリフである。

ばあばとふたりでゆっちゅを散歩の誘いに行く。

チャイムを鳴らすと、待ちかねたようにゆっちゅが迎えに出る。

しかし、「ジィジ あがる」とゆっちゅは家に招き入れようとする。

ばあばがすかさず「お散歩に行かないなら、帰るよ」というと、「ばあば あがるよ」と、ばあばも家にあがるようにゆっちゅは要望する。

それでも「散歩に行かないなら、じいじとばあばは帰ちゃうよ」と強情を張ってみせると、伝家の宝刀が出る。

「ジィジ おねがいします」

「バアバ おねがいします」

「おねがいします」と言うと、自分の思うように人が動いてくれることに味をしめたゆっちゅは、何かというと伝家の宝刀を抜く。

 

散歩とサイクリングが再開したことにより、ゆっちゅの外遊があらたな段階に入った。

散歩においては、イニシアチブを取るようになった。

ばあばが新たに散歩に同行するようになったことも手伝って、ばあばを案内するような言動も現れた。

ばあばにとっては初めてとなる山沿いのコースを歩いたとき、小高い見晴らしの良い場から見える鉄橋や橋、川、送電線の鉄塔など、ゆっちゅはすでに認めて知っているものを言葉にしてばあばの注意を引いたり、あるいは高速道路を走るトラックやトレーラーなどを指さして「はやいね」とか「すごいね」と言ってはばあばに共感を求めたりしていた。

ばあばが「どうやって帰るの」と心配しているのを知るや、ゆっちゅはパパといっしょに歩いて知っている道を先頭にたって歩いて道案内をした。

 

自転車に乗っているときも、ゆっちゅは「風が吹いてきたね」とか、鉄橋が見えてくると「電車来るかなあ」とか、踏切では「カーカー止まるかなあ」などと状況に即して、文章を使ったコミュニケーションを試みるようになってきた。

ゆっちゅに話しかけるとそれを復唱するようになったからではあるのだが、自転車を走らせながら目に見えるものや耳に聞こえてくるものや肌に感じるものを言葉にしてやると、即座にジィの言葉をまねるところは、ゆっちゅの学習意欲の高さの表れであろう。