山登り
踏切を越えると、正面に隧道のひとつが見える。
「トンネル」と、その日のゆっちゅは山に入る気満々だった。
トンネルは沢に沿ってできている。
暗がりはまだ怖いのか、トンネル内は抱っこである。
トンネルを抜けて明るい場所に出ると、地面に降り立って枯れ葉の吹きだまりを足で蹴散らして、しばらく遊ぶ。
見上げると大きな穴の底に立っているような感覚にとらわれる。
道は360度の円を描くように急勾配になって、10mほどの高さにある尾根を横切って昇り降りする農道へとつながっている。
農道は高速道路に並行して走っており、所々に尾根筋を巻くように山の上のみかん畠へ登って軽トラック一台がやっと通れるような道がある。
そんな道のそばに、人がほとんど登り降りしない見捨てられた石段がいくつかある。
そのひとつがゆっちゅの気を引いた。
最初に50段、続いて30段ぐらいあったように思う、随所に草に覆われ、蔓が伸び放題になっている石段を、自分で登るというので手をつないで登る。
幅が狭いうえに奥行きも24〜5cmと大人の足の大きさぐらいなので、踏み外さないように注意しながら、そのうえアメリカセンダングサも注意しながらだったので、石段の数を数えている余裕はなかった。
その石段は、ジィが天気のいい日にジョギングするみかん山のコースの途中に出てくる竹林沿いにあるものだった。
30〜40mは登っただろうか、ゆっちゅの好きな藪漕ぎに近かいうえ日当たりの良い斜面だったので抱っこしろとは言わなかった。
下りは別な石段を降りた。
こちらは日陰なうえ、植物に石段の形状が完全に覆い隠されてしまっているところもあってゆっちゅは抱っこを求めてきた。
そのまま隣の別のトンネルまでやってきたところ、はじめてひとりで歩くといって歩いた。
ときどき立ち止まって地面をさわっていたので、「ゆか」と言ってやったら「ゆか かべ」と言いながら元気よくトンネルを出た。
次の日に、みかんがまだ斜面を色鮮やかに彩っている同じ場所にパパと行ったらしい。
そこから眼下に高速道路を行きかうさまざまな車が見え、遥かな先にゆっちゅの大好きな青い鉄橋が望める展望に魅了されたみたいだ。